活動報告・お知らせ

1710回 日本軍「慰安婦」問題解決のための定期水曜集会(ソウル女性会)

1710回 日本軍「慰安婦」問題解決のための定期水曜集会

1 日時: 2025年7月23日(水)昼12時

2 場所: 在韓日本大使館前「平和路」

3 主催: 日本軍「慰安婦」問題解決のための正義記憶連帯

4 主管: ソウル女性会

 

∎プログラム ∎

司会: ユン・ミヨン(ソウル女性会事務局長)

オープニング公演:

「岩のように」「私たちは行くのです」

サフェデヨン(ソウル女性会フェミニスト大学生連合サークル)

主催団体挨拶: パク・ジア(ソウル女性会性平等教育センター長)

週間報告: イ・ナヨン(正義記憶連帯理事長)

連帯発言:

1. チョ・ヘウォン(ソウル女性会会員)

2. チョン・スジン(サフェデヨン会員)

3. チェ・ユニ(正義党フェミニスト女性政治クラブ代表)

4. イム・ヒョビン(建国大学ソウル地域大学人権連合サークル会員)

5. カン・テソン(ペボンギの平和)

参加団体紹介: ユン・ミヨン(ソウル女性会事務局長)

文化公演: 「その日が来れば」「初心のように」ソウル女性会民衆歌唱団<イウム>

声明文朗読: イ・スジョン、チョ・ヘリム(ソウル女性会会員)


∎「岩のように」 ∎

岩のように生きよう/ 猛烈な雨風が吹き荒れても/

どんな誘惑の手にも揺るがない/岩のように生きよう/

風に揺れるのは/根が浅い葦でしかない/

大地に深く突き刺さったあの岩は堅く立っているから/

私たち皆、絶望に屈することなく/

試練の中で自分自身を目覚めさせながら/

ついに来る解放の世の中の礎となる/岩のように生きよう

∎「私たちは行くのです」∎

私たちは行くのです/そのように行くのです あなたと私 私たち共にゆくのです

明けの明星 ひりつく胸を抱いて/そうして私たちは歩いて行くのです

清らかな光が闇の中に消え/真実が孤独に揺れるとき

私の肩を支えてくれたその手/あなたは 私の大切な人です

私たちは行くのです/そのように行くのです 

あなたと私 私たち共にゆくのです

明けの明星/ひりつく胸を抱いて

そうして私たちは歩いて行くのです

子供たちの夢のための闘いに/真の教育 一つの志で進まねばならない

喜びも困難も共にする/あなたは 私の同志なのです

私たちは行くのです/そのように行くのです 

あなたと私 私たち共にゆくのです

明けの明星/ひりつく胸を抱いて

そうして私たちは歩いて行くのです

∎「その日が来れば」∎

一夜の夢ではないだろう/長い苦しみが尽きた後に

我が兄弟の輝く両の目に/熱い涙が

一筋の河となって流れ/苦難の汗と共に流れ

広大な平和の海に/正義のうねり溢れる夢

その日が来れば/その日が来れば

我が兄弟の恋しき顔ぶれ/その痛烈な記憶も

ああ、短かった私の若さも/儚い夢ではなかっただろう

その日が来れば/その日が来れば

ああ、血の滲むようなあの待ちわびも/儚い夢ではなかっただろう

その日が来れば/その日が来れば

∎「初心のように」∎

決戦の時が近づくほど/私たちの胸は初心のように

初恋の記憶を思い出すように/初心のように熱く

高鳴っていた最初の心は/私たちの闘いで希望となり

今もまだ始まりなのだと/ああ、そう思えるならば

毎日が希望なのです

奴らに真実を知らせてやろう

私たちが疲れ果てたと信じているなら/それは 一夜の夢に過ぎないということを

同志たちよ 突き進もう/終わりが見える時こそ 初心のように


∎主催団体紹介∎

ソウル女性会は、生活と労働の場の主人である「生活者としての女性」の自己成長、誰もが暮らしやすいソウルづくり、疎外された階層への社会的連帯を実践し、日常からの平和の実現、および暴力と戦争のない社会を作るために活動しています。

また、「ディープフェイク性犯罪OUT共同行動」や「517 江南駅女性殺害事件追悼行動」、「11.25 世界女性暴力撤廃の日共同行動などの連帯活動を行っています。女性たちの自己実現と性平等意識の拡散を目的とした教育事業、女性の権利向上と生活の質を高める女性政策の研究・提言活動を通じ、ジェンダー暴力解決に取り組んでいます。









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■ ソウル女性会 チョ・ヘウォン

こんにちは。ソウル女性会の活動家、チョ・ヘウォンです。

私は今日、広場と街頭でこの上半期を過ごしたフェミニストとして、日本軍「慰安婦」問題の解決を求めるためにここに立ちました。

水曜デモは、女性に対する国家暴力と戦争犯罪の真実を要求する闘争であり、語ることができなかった被害者たちが声をあげられる場であり、その沈黙を強いられた女性たちが語り始めた歴史を築く場でもあります。そんな水曜デモが、むしろ侮辱や妨害に苦しめられるという事実は、私たちの社会がいまだに被害者に沈黙を強いている証拠です。

昨年5月、国家人権委員会は「水曜デモが反対集会側に妨害されないよう、被害者への侮辱行為が起きないように警察が積極的に介入すべき」と勧告しました。これはあまりにも当然の判断です。一体いつまで、市民や「慰安婦」被害者のおばあさんたちが、到底許されるべきでないヘイト発言をいつまで耐えなければならないのでしょうか。この判断が可能になったのは、現場を離れず最後まで守り続けた人々の闘争があったからです。雪が降ろうと雨が降ろうと、注目されようと無視されようと、その場を離れず耐えた人たちがいたから、社会の常識と最低限のラインを守ることができました。

フェミニストとして私が過ごした昨年12月から6月までの時間も同じでした。大統領選のテレビ討論で 李俊錫候補の露骨な女性蔑視発言が飛び出したとき、もうこのような女性蔑視政治は容認できないという思いで、李俊錫選挙キャンプの前に駆けつけました。街頭で多くの女性たちに出会い、その日に初めて出会い一緒に街頭キャンペーンを行った参加者の方は「一人だったらただ無力にテレビを見て腹を立てるだけだったが、一緒に戦おうと手を差し伸べてくれた人たちがいて勇気が出せた」と言い、フェミニストとして自分自身を誇りに思ったとも話してくれました。

昨夏、ディープフェイク性犯罪問題が明るみに出た際には、周囲の女性知人の写真を合成して「凌辱部屋」を作る加害者に向け、「あなたたちは私たちを辱めることはできない」というスローガンを叫び、11週間にわたり江南駅に集まりました。恥を感じるべきは被害者ではなく、被害者は辱められる存在ではないということを訴えるためでした。女性たちが犯罪を恐れ、自身の写真をSNSから削除し、被害にあっても語れない現実の中で、私たちはもはや無力でいるだけではないと宣言したのです。

「慰安婦」問題をめぐる歴史否定、女性への沈黙強制、被害者に「話すな」と指指さしてきたこの社会の構造は、今も女性の怒りを非難し、被害者の声を消す方法として繰り返されています。このような状況の中で、フェミニストとして「慰安婦」問題を無視できるでしょうか。私たちは今もこのように広場と街頭をつなぎ、守り続けています。誰かが「弾劾の後、私たちは再び広場に取り残された」と言いますが、私は広場に取り残されたのではなく、私たちが最後まで守ったのだと思います。「誰が主導したか」より重要なのは「誰が最後まで守ったか」です。絶対に妥協できない社会の最低限を守るため、私たちはこれからも最後まで闘います。(スローガン)ありがとうございます。


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■ソフェデヨン チョン・スジン

こんにちは。ソウル女性会フェミニスト大学生連合サークル「ソフェデヨン」活動家、チョン・スジンです。私は大学生フェミニストとして、日本軍性奴隷制への謝罪と女性暴力の解決を求めるためにここに立っています。

私の初めての水曜デモは、第1700回目の水曜デモでした。涙をこらえきれなかったその日の感覚を今でも忘れられません。極右勢力が水曜デモでどのような行動を取るかは聞いていましたが、実際に目撃するとあまりにも衝撃的でした。故イ・オクソンハルモニの追悼行事も行われていましたが、黙祷中でさえ被害者を侮辱する言葉をためらわず口にしました。どうして人間がそんなことをできるのか、本当に腹が立ちました。そして毎週その発言を聞いていた同志たちの心情を思うと胸が痛みました。

生存者の方々への侮辱的な言葉は、現代の女性暴力とも非常によく似ています。振り返れば、私が初めて女性運動に関わったときも同じ感覚でした。ディープフェイク性搾取の被害者に原因を求め、被害者を責める人々、そしてそうした人々を野放しにする社会に憤りを覚えました。女性暴力の被害者に沈黙を強制し、勇気を出した女性に「あなたが問題だ」と、黙っていろと平気で二次加害を行ってきました。

どうして女性をそんなに搾取できるのか?どうして被害者に酷い言葉を簡単に投げつけられるのか?どうしてあんなに厚かましくジェンダー権力の背後に隠れられるのか?被害者と、被害者と共にいる人たちは今、この瞬間をどう耐えているのか?社会はなぜこんなにも無責任に傍観するのか、あるいは同調するのか?私は何ができるのか?

日本軍慰安婦、そして現在も解決されずに多くの女性を脅かす女性暴力に直面するたび、多くの問いを自分に投げかけます。そして無力感、悲しみ、絶望、怒りが重なり、私を今ここに導きました。

私は他の女性たちのため、世界を変えるために勇気を出した人々が攻撃され傷つく姿をこれ以上見たくありません。被害者が恐怖に震えたり、恥ずかしさに隠れたりしないことを望みます。そして被害者に連帯し、より良い社会を夢見る人々が挫折しないことを願います。

私は、一日も早く水曜デモの最後が来ることを切に望みます。毎週増えていくデモの回数を見ると、その長きにわたる回避と傍観に怒りを覚えます。広場の力で生まれた新政府では、必ず日本軍性奴隷問題が解決されることを望みます。

しかし、長年水曜デモを守り続けてきた同志たちがいるからこそ、また力を得ることができます。日本軍性奴隷への謝罪と女性解放まで、共に歩みます。私たちは必ず勝利します。


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■正義党フェミニスト女性政治クラブ チェ・ユニ

こんにちは。私は正義党フェミニスト女性政治クラブ代表、チェ・ユニです。

本日で水曜デモは第1710回を迎えました。

昨年の今ごろ、私はここで司会を務めました。その時、私は性暴力被害者相談員の教育を受けており、被害者の傍に立つことの意味を学んでいました。水曜デモでの司会は、その

学びを実践する場でした。

あれから1年が経ち、再び発言者としてこの場に立つ今、私は水曜デモが単なる過去の記憶の場ではなく、今も戦うべき生きた政治の現場であることを伝えたいと思います。

日本軍「慰安婦」問題は依然として解決されていません。公式謝罪も、法的賠償も、責任者処罰もありません。それにもかかわらず、日本政府は歴史を否定し、被害を沈黙させ、国際社会の記憶から削除しようとしています。

しかし真実は消えません。なぜなら、この問題は単なる過去の事件ではなく、女性の身体を戦争に利用した性暴力の歴史だからです。戦争が起こるたび、女性の身体は常に占領される戦場となったのです。日本軍「慰安婦」制度は、戦時性暴力を制度化した国家犯罪でした。女性の身体が「士気向上」の名の下に動員され、女性の苦痛が戦争遂行の手段として正当化された構造は、今日でもウクライナ、ミャンマー、パレスチナなどで繰り返されています。

したがって、日本軍「慰安婦」問題は日本と韓国だけの問題ではなく、日本の公式謝罪と法的賠償、責任者処罰は、依然として戦争下にある世界中の女性たちのための一歩となるでしょう。

しかし韓国政府は何をしているのでしょうか?政府は沈黙し、妥協します。被害者の声を無視し、この問題を国際社会に最後まで押し出そうとしません。むしろ韓国社会のあちこちで「もうやめよう」「疲れた」といった声が聞こえます。今日もすぐ隣でヘイト勢力が口に出せない言葉を吐いていますが、警察は何の制止もしていません。

私たち女性は、この問題が解決されるまで闘い続けます。これは単なる歴史清算ではなく、現在と未来の戦争性暴力を防ぐための闘争でもあります。「慰安婦」問題は、女性の苦痛がいかに体系的に構造化され隠蔽されてきたかを示す、ジェンダー権力と戦争権力が交差する点です。

私たちは日本政府に要求します。

戦犯国家としての責任を公式に認め、被害者に法的賠償と謝罪を行いなさい。

私たちは韓国政府に要求します。

屈辱的な外交をやめ、この問題を国連や国際社会に最後まで提訴しなさい。

記憶は自動的に残りません。

記憶は闘う人々の意思によって残ります。

私たちは日本軍「慰安婦」事件を記憶し、女性の身体を沈黙させる国家、女性の苦痛を妥協する政治と最後まで闘います。沈黙しないという女性たちの政治的決断こそ、この闘いを終わらせることができると信じています。

女性暴力が存在する限り、平和はありません。被害者の声が排除された正義は正義ではありません。正義党フェミニスト女性政治クラブは、日本軍「慰安婦」問題解決のためのこの闘争の道に常に共に歩みます。

ありがとうございます。





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■ソウル地域大学人権連合サークル イム・ヒョビン

こんにちは。ソウル地域大学人権連合サークルで活動するイム・ヒョビンです。

数日前、全州へ旅行に行きました。全州豊南門広場の一角には、セウォル号献花所と10.29 梨泰院惨事合同献花所があり、中央には平和の少女像とキム・ハクスンさんを記念する平和碑がありました。構造的問題によって発生したにもかかわらず、個人の問題に限定し真実を隠そうとする公権力の動きの中で、解決されないまま一つの広場に存在している姿は、正義が実現されていない現実を示していました。時間が経っても答えを待つ人々の声は、その広場で一つにつながっていました。

キム・ハクスンハルモニは、単に被害事実を知らせるだけでなく、同じことが二度と起こらないようにという信念で活動家の道を歩まれました。その勇気ある証言は、性暴力が個人の恥ではなく、権力と制度が生み出した犯罪であることを初めて世に示した宣言であり、歴史の流れを変えました。しかし権力は依然として責任を回避し、被害者に沈黙を強いています。世界各地で起こる惨たらしい戦争の中でも、同じことが繰り返されています。

大学生としてこの場に立つ理由も、現世代が直面する現実が30年前と似ているからです。女性であるという理由で受ける差別、声を上げれば過敏だと非難される現実です。「お前フェミか?」という言葉が攻撃の言語として使われる社会で、数多くの女性蔑視がジェンダー対立という言葉で包装される社会で、フェミニストとして立場を明確にすることは時に困難に感じられます。しかし、一人ではないと知っているため、構造的暴力に立ち向かってきた活動家たちの後を受け継ぎ、私も声を上げることを恐れません。

私たちは共に聞き、連帯するためにここにいます。政治権力はもう言い訳をやめ、責任を取らなければなりません。真の解決のために立ち上がるべきです。性差別のない世界、戦争のない平和な世界が来るまで、私も最後まで連帯し続けます。

ありがとうございます。


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■ペ・ボンギの平和 カン・テソン

こんにちは。私たちは「ペ・ボンギの平和」で活動するウ・ジュナ、カン・テソン、キム・ガヨン、ヒョン・ジミンです。「ペ・ボンギの平和」は、韓国社会で忘れられた日本軍「慰安婦」最初の証言者ペ・ボンギハルモニを記憶し、在日同胞と連帯しながら東アジアの平和と繁栄を夢見る活動を行っています。

私たちは7月4日から10日まで、在日韓国青年同盟(以下「韓青」)の招待を受け、大阪・関西地域の平和紀行に参加しました。韓青の招待で共にしたこの旅で、私たちは単に過去の痕跡を見るだけでなく、現在を生きる在日同胞青年たちと「出会い」、「共にし」、「連帯する方法」を学びました。

まず、大阪のコリアタウン・朝鮮市場を一緒に巡りました。現在では私たちの文化を体験できる観光地として広く知られていますが、そこは1920年代から今日まで在日同胞たちが生活を営んできた、私たち民族の生活の場であり、歴史そのものでした。「コリアタウン博物館」では、日帝強占期に朝鮮語で発行された新聞や、解放直後の朝鮮市場の変化など、重要な記録に触れることができました。

朝鮮市場は、解放後、分断とイデオロギーの葛藤の影も抱えていた空間でした。韓国政府の協定永住権申請をめぐり、異なる立場を示すプラカードが同時に掲示されていた場面は、異なる思想が衝突しながらも共存していた当時の雰囲気を示しています。朝鮮市場は、日本の地に置かれた「小さな分断」であり、同時に再びつながる可能性を秘めた場所でもありました。

その後、韓青との交流会では、さまざまな在日同胞青年たちと出会いました。総連系学校で幼少期を過ごした方、韓国籍を持つ方、親世代のイデオロギーに関係なく自分の道を考える青年もいました。私たちが感じたのは、国籍やイデオロギーを超えた深い共感とつながりでした。言語が通じ、歴史を共有し、共に未来を語れる人たち。あの時間は、分断を越える「小さな統一」の瞬間でした。

日本軍「慰安婦」問題も、真の解決のためには「イデオロギー」よりも「人権」と「連帯」の価値が優先されるべきだと信じています。過去の韓国政府は、被害者の声よりも外交的計算を優先してきました。しかし、私たちは弱者の声を無視せず、共に手を取り合うことでこそ、正義ある解決が可能だと信じています。南北関係の回復や東アジアの平和も、そのような連帯の中で可能になると考えます。

今後も「ペ・ボンギの平和」は、在日同胞としっかり連帯し、日本軍「慰安婦」問題の正義ある解決と、分断を越える平和の道に力を尽くしていきます。

最後に、在日韓国青年同盟の皆さん、貴重な旅に招待してくださり、心から感謝と敬意を表します!